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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

健康のためなら死んでもいい

海外に来てまで、節制した生活をすることに対して、たまに自分自身で疑問に感じることはある。果たして「これで正しいのか」と。

 

今年に入ってから、実は砂糖や小麦粉だけでなくお酒もやめた。ついに飲酒の無意味さを悟ったのかもしれない。ちなみにこれも僕の人生において、断酒(という意識は全くないけれど)も初めての経験。もともとそんな大酒飲みでもないし、特にこれといった事件があったわけでもなく「お酒を飲んでもいいことは何もない」と感じて、なんとなくやめてみた。


やめてから気づくようになったのは、砂糖や小麦粉と同じく、飲んでいる人の異常な数。こんなにお酒が消費されているのに、今まで目に入らなかったというのが本当に不思議。昼間からお酒を飲んでる人を見たりしても、以前は羨ましいとか思ってたと思うんだけど、今の自分からすると「時間がもったいないな~」と感じてしまう。もちろん、大きなお世話なの承知だ。


また、辞めたことがキッカケで、不要な集まりや飲み会の場には顔を出さなくなったし、それによって、自分の時間・予定のコントロールがしやすくなった。酔った状態が全くないので、常に理性的に動けるのも大きい。付き合いの悪いやつとは思われているかもしれないけど、自分の中での優先順位に見合わないことは気にしないことにした。


ただ、冒頭部分に戻るんだけど、食事から、砂糖・小麦粉・アルコールを抜くと、楽しめる場所が減ってしまったのかなという気もする。特に、お酒を飲みながら楽しそうに騒いでる人たちの姿を見ると、羨ましく思ったりする自分もいることは確かだ。

 

何が僕をここまで突き動かしてるのだろうと自問してみても、しっかりとした答えは出てこない。こっちでしか見ない食べ物やお酒などを楽しんだり、バカ騒ぎしたり…といった体験の代わりに、自分でコントロールした食事や生活を継続することで何かを学んでいるんだろう。そうあってほしい。笑

 

何をどう考えても今は答えは出ない。ただ、少なくとも、なんとなくでも始めたこのスタイルを僕が楽しみ始めてしまった時点で、もう誰にも止められはしない。


「健康のためなら死んでもいい」という言葉の意味が少しずつ分かり始めた。