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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

なぜ人は旅を好むのか?

本質的に人は移動を好むものなのだろうか?

採取狩猟民族時代と同じ肉体を持つ僕らの遺伝子に、その行動規範が刻まれていても不思議はない。

 

海外に出ると、旅行好きな人をよく目にする。アジアやヨーロッパを回ってたり、あるいは世界一周をしている人などとも会う。彼らからそういった話を聞く度に「すごいねー」と言葉では発していたけど、興味が湧かなかった。

 

これはなにもオフラインに限った話じゃなく、例えば高城剛さんのメルマガや本を読んだり、観光地の紹介のブログやホームページを見ていても感じることだった。きっと見る人が見たら魅力的に書かれているんだろうけど、絶景だろうがなんだろうと全く心踊らない。苦笑

 

自身でも「ちょっと変なのかな?」くらいになんとなく感じていたけど、2ヶ月ほど前に、自分が旅行好きではないとハッキリ自覚した。

 

「好きなこと」とは「一人でも出来ること、一人でもしたくなっちゃうこと」と僕は定義する。

 

例えば、彼女との旅行が好きだけど、一人旅行が好きじゃない人は、それは彼女が好きなのであって、旅行好きではない。

 

そんな僕が、じゃあなんで海外にいるのかと聞かれると、どこかに「住む」という経験をするのは好きなのだ。

 

どこかに「住む」ということであれば僕は一人でも率先してやるけど、どこかに旅行となると一人では絶対にいかない。ただし、それが「健康」に関わるとなれば話は別。

 

ハワイに行くのは興味ないけど、フィラデルフィアの味覚研究所は行きたい。

タイの離島に興味ないけど、スリランカアーユルヴェーダホテルは行きたい。

 

そんな感じ。

 

日本人であるが故か、ついつい曖昧に表現しがちな僕だけど「好きじゃない」ことに対して「好きじゃない」とハッキリいえるようになったことで、今まで心につっかえていたモノがスッと取れた。

 

好き嫌いを自覚したことでムダに考える時間がなくなったのも大きい。

貴重な自分の時間を何に対して使うのかという取捨選択の基準をまた1つ得た。

 

そういえば、冒頭に書いたように「なぜ人は旅を好むのか?」と採取狩猟民を重ねて考えてみたけど、採取狩猟民も独りで世界を彷徨っていたわけじゃく、必ず誰かといたはずだ。そう考えると、旅をするなら誰かとしたいと思うのは、ある意味で自然なことなのかもしれない。

 

でも、南の島に行けばこの感覚すらも変わるのかな?