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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

愛なら今、何をするだろうか?

僕のiPad miniの壁紙には買った時から僕の人生のポリシーが書かれている。

アファメーションと言ってもいいかもしれない。

 

例を挙げると

・Be honest to yourself at any time.

・Pay attention what you say.-You are what you say.

・Be sensitive to any slight happinesses.-Happiness is your choice.

といった具合。

 

その13番目にあるのが”GIVE and GIVE and GIVE and GIVE and GIVE.”

今回のタイトルと言いかえてもいい。

 

今の世の中、人々にネガティブな感情を持たせることが当たり前になっている。人のエネルギーを奪う行為が横行しているといってもいい。恐怖や不安を煽ることで無理やりに消費を生み出す。人の感情を”あえて”揺さぶることでエネルギーを奪おうとする人もいる。奪い合い、殺し合いの世界。

 

行動はもちろん、文字を表すときにも僕が気をつけているのが今回のタイトル。

 

面白いことに、自分がそういう視点で行動をしていると、逆のことをしている人はすごく目につく。相手からエネルギーを奪おうと必死になっている人がわかるし、自然とそういった類の人とはお互いに距離を置くようになる。

 

文章についていうと、何事も正論の如く言い切ることを売りにして、人を煽ったり、バカにしたものを見ることはある。それも表現という1つの形なのかもしれないけど、そこに愛はない。正論の対にあるのは別の正論。いい感情を生まない。

 

確かに”言い切る”という行為は大切だとは思うけど、その重要性は場面により異なるし、正論を声高に叫ぶことが常に正しい選択であるとは限らない。「それは正しいけど、それを言ったからじゃあ何になるの?」という疑問や負の感情を生むことに繋がりかねない。清濁併せ飲む柔軟さが必要。

 

愛には究極的に自己愛しか存在しえず、あるのはその自我の範囲の差。”自己という範囲”がどこまであるかの違い。多分、僕が健康にフォーカスしているのも、自己愛の形の1つ。(そう考えると、このブログも自己愛の1つなのかも)

 

他者の目線や他者と比べることで感じる寂しさ、そして自己重要感を満たすために他者を求める行為は早く卒業した方がいい。その先にあるのは奪い合いや負の感情だけだ。他者との比較は無意味だし、自己重要感は自分で満たせばいい。まずは、自分を自分で満たすことを学ぶこと。

 

人と会うときも同じ。セミナーや読書は別にして、何かを得よう(奪おう)という姿勢より、与えるスタンスのほうが結果的に(なぜか)得られるものが大きくなってしまうのが面白いところ。

 

最近の僕は「この人に会いたい!」といった強い感情はなく、それは「コレがほしい!」という感情が全くないのに等しい。それは僕が満たされているからで、自分自身で満たしているからだ。ご縁があれば会うのだろうし、会うのであれば、僕が何かを与えることが出来るのだろうと考える。

 

この世界に一歩入ると、その世界の住人で周りが満たされるようになるので非常に心地よい。穏やかで緩やかな水面に浮ぶが如く。

 

全部大丈夫。

GIVEの連なる優しい世界へようこそ。