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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

帰国 健康 世界

日本に帰ることが楽しみ。

 

そこに感情的にも論理的にも嘘はない。

 

ただ、考なくてはいけない点はある。

 

第一に、食の安全が完全には保証されない母国に帰るということで、僕は健康に対する見えないリスクを背負うことになる。この数年で日本は食の安全を手に入れるのが究極的に難しい国になったという事実。産地偽装含め、スーパーですら取捨選択能力は問われる。本当に安心して食べられるものを自分で死守して生きていかなくては行けない。

 

これは別に誰かに伝える”べき”内容じゃない。気にしたくない人は気にしなくていい。意図的かどうかは関係なく、無知も含め、「気にしない」もただの”選択”で、その選択の結果がどうなるかは未来の自分しか分からない。

 

必要であればそれぞれで注意して生きていくべきこと。他者が好き勝手に言おうとも、健康の大切さを知る者、人任せではなく個々で健康を守る重要性を知る人々、そういう意識のある”分かっている方々”はわざわざ姿を見せることなく既に動いているし、あえて口に出したりもしない。

 

戦争や経済的観点からはもちろん、この「自身の健康を守る」という観点からも、1つの地に住み続ける(しか出来ない)というのは、大きなリスクだなと感じる。

 

いつまでもそこにあると思っていたものが突然喪失する、そんな可能性がどこにでも転がる世界に僕らは既に生きてるわけで、そのことをリアルな自覚なしで「全部大丈夫」と漫然と生きるのには違和感がある。

 

いや、もちろん世界は「全部大丈夫」なんだけど、それは僕がいう僕の「全部大丈夫」であって、僕は僕が「全部大丈夫」なように選択すべきことを「全部大丈夫」なように選択するから「全部大丈夫」という結果しか起こらない。

 

だから「(どーせ)全部大丈夫」とか「ありのままでいい」なんていう100%な他力本願は詭弁しか生まないし、死や苦しみという”バチ”をもっての責任追求は他者へ転嫁出来ないことをよく分かっておくべき。

 

僕は、それを感覚的に少しは理解しているからこそ「イマ」・「ココ」で、出来ることをしているわけで、それが僕自身の「全部大丈夫」な世界に繋がっている。

 

要するに、どこのどいつの話を参考にしたとしても、それを拠り所にするわけじゃなく、全部自分で考えて、全部自分の責任で決めて、そういうことを続けた先に「全部大丈夫」な世界がある。もちろん保証なんてない。でもそれぞれが自立した世界だからこそ楽しい。

 

やっぱり、日本、楽しみだな。笑