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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

スーツケース1個しか持たない僕の”モノ”へのスタンス

僕はミニマリストというわけではないけど、比較的持ち物が少ない。*1

今あるのは、スーツケースとバックパックのみ。

 

日本を出るときは荷物でいっぱいだったスーツケースが、今ではその半分が空だ。バックパックも入ってしまう。あの日本を出る当時、何が入っていたのだろうかと不思議に思う。

 

仏教を学ぶ中で”モノに対する執着”をどんどん手放していったのかな?なんて思ったりもするけど、シンプルにいつも通りのポリシーを発揮し続けた結果に過ぎないのかもしれない。

 

  • 困ったら1度捨て、必要であれば再度買う
  • 買うときは何かを捨ててから

 

僕がモノに対して持つスタンスはこの2つだけ。まず、捨てることから始める。この辺りは、『まず何を摂らないか』と考える、僕の健康における食事のスタンスと一緒。 

 

僕の見えている世界の主人は僕しかいないわけで、あなたの世界の主人はあなたしかいない。その”世界”を主体的にコントロールするには、やはりモノに対するスタンスも大切なのかもしれない、と最近は思う。

 

要するに、モノにコントロールされず『自分にとって、何が大切か分かっている』という状態が大切。

 

大切と思い込んでいるものが、実は1番要らないものだったり、要らないと思って手放してみたら、実は必要だったり・・・そんな風に、厳選していく作業というのは、モノを通して、新たな自分に気付けるチャンスだ。

 

僕もそうだけど、自分で自分のことを完璧に客観視できている人はいない。でも、そんな僕らでも、自分が選んだ、あるいは選んできた”モノ”を通して『自分』という一面に触れるということはそんなに難しくない。

 

僕は自分自身の持ち物が少ないからといって、ミニマリスト(最小限主義者)がいいとも思わなければ、マテリアリスト(物質主義者)がいいとも思わない。そういった”ジャンル分け”は分かりやすくはあるけれど、個人の趣味関心・衣食住のバランス・ライフスタイルなどによって、いかようにも変わる。*2

 

大切なのは、イマ・ココで、ナニが大切かを分かっていること、それだけ。

 

それさえ分かってたら、モノの多少は問題じゃない。

 

モノに問われているのはソコだけだと思う。

*1:ミニマリスト』と聞くと、漫画『孤高の人』を思い出すため、あそこまでストイックではないので、そう名乗ることに抵抗があるのかもしれない

*2:例えば、子どもがいたらその子の分のモノは当然増えるけど、それは当たり前で、そこに良し悪しはない