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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

優先順位とこだわり

日本に帰国してはや1ヶ月、正式に修行が始まった。

未来を見据えた修行が。

 

正式に師というものを持つのも初めてであれば、当然3人もの師を同時に持つのも初めての僕。どのように彼らを形容すべきかは分からないけど、同時に3人もの尊敬できる偉大な師を持ち、学べる環境には感謝の気持ちしかない。

 

彼らから学ぶのは技術だけじゃない。人間としてのトータルの力、つまりは個人としての魅力も含まれる。大切になるのは、こだわりをどこまで捨て、どこまで与えられるものを素直に受け入れられるか。

 

人が何かを学ぼうと決めたとき、必然的に自分で考えたこととやるべきことのギャップは生まれる。そこで自分のこだわりを優先するのか?人生を優先するのか?順序を間違えちゃいけない。

 

僕を例に出すと、モノとSNSに対するスタンスにギャップがあった。

 

モノにおけるギャップとは、”機能性”と”押し出し”のジレンマ。

 

高城剛さんに強く影響を受け、モノを出来るだけ少なくしたいと思っている僕。服やガジェットなど、”モノ”には機能性を第一優先にしてきたけど、それじゃダメ。『押し出し』というワードを聞いてピンと来る人は分かっていると思うけど、自分が目指すべきものに相応しいモノ選びの基準というものがある。

 

斎藤一人さん的・押し出しの観点から選ぶべきは…

 

リュックより、ヴィトンのバッグ

Gショックより、ロレックス

ハードシェルより、モンクレールのダウン

 

分かっている人は分かっている『人は所詮、見てくれ』だと。

 

SNSもそう。『イマの僕』の頭で考える『僕』には必要ないものだけど、『僕の未来が少し見えている』であろう師に言われ再開した。

 

高城剛さんのようなモンスタースタイルを目指すのは、ひとまずお終い。結果が出るまでは、素直に師の言うことを全て取り入れていく。

 

今の僕のように、偉大な彼らの元で学ぶ人は今現在も過去もたくさんいたけれど、同じことを学んでおきながら、明確に”結果”という形で差は生まれてしまっている。でも、その原因はとてもシンプルで、行動の差でしかない。

 

未来の僕にとって必要なことが、イマココで全て与えられている環境の中で、やるべき行動も分かっている。僕のこだわりを維持する理由は何もない。

 

守・破・離。

 

今は守るなかで、学ぶ時。