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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

人にかける迷惑の総量は決まってる?

ふと「人が一生でかける迷惑の総量って決まってる」んじゃないかなって思った。

 

んで、それと同時に、「人が一生でかけられる迷惑の総量」も決まってるんじゃないかなって。

 

もしかしたら、その2つは、一生のうちで同じ量だったりするのかもしれない。

 

「迷惑」っていうと語弊があるかもだけど、お手伝いしてもらう・お手伝いしてあげる、助ける・助けられる機会って言い換えてもいいけど、あえて今回は、わかりやすく「迷惑」っていおう。(文字数も少ないから楽だしw)

 

そもそも、人って生まれてから、少なくとも10年以上は自力で生きていくことってできない。

 

大人になってからも、自力で生きてるようで、実際に自分の力だけで生きていける人はいない。

 

だから、超・大前提として、そもそも人は迷惑をかけずに、生きていくことはできない。

 

だから、そんな中で「人に迷惑をかけないように」って心がけること自体が無意味なんだけど、セルフイメージが低いと、無意識でこう思っちゃうんだよね。

 

で、そうやって、人に迷惑をかけないようにって思いながら生きてる人って、人に迷惑をかけることに対して、罪悪感が生まれちゃう。

 

人に迷惑をかけなかったとしても、その分、無理したり、我慢したり、頑張りすぎたりしちゃうわけだから、体と心に負担は溜まっていく。

 

んで、実はこの罪悪感とか負担って、身心にとっては「ただちに影響はありません」ってよく聞くフレーズのような毒だったりする(苦笑)

 

下手したら、毒って自分で気づけない分、食品添加物とか農薬とか、一般的に有毒っていわれてるものよりも厄介かもしれない。

 

まあ、要は「毒」だから、あんまり長いこと摂取しつづけてると、体をむしばんでいくわけだね。

 

こういった考え方ってのは癖だから、無意識に、毎日コツコツ、ゆ〜っくり、ちゃくじ〜つにその毒は溜まりつづける。

 

で、気づかずにその毒を溜め続けた結果、最終的には、体を壊す。

 

だから「人に迷惑をかけないように」って生きてる人は、日々、将来に迷惑をかけるための迷惑貯金(借金?)みたいのを溜め込んでるんじゃないかな。

 

「人に迷惑をかけないように」って心がけたとしても、人の迷惑の総量は決まってるから、その貯金が満額になると、病気になったり、動けなくなったり、強制的に色んな人に迷惑をかけなきゃいけない、頼らないと生きていけなような状態になるっていう、そんな仮説。

 

もし、これがただの仮説だとしても、そうじゃないとしても「人に迷惑をかけないように」って思う自分を「自分はいろんな人たちから助けられる存在だ!」って、早めに自分で気づいて変えていったほうがいい。

 

だって、我慢したり。頑張りすぎたりして生きていくより、いろんな人たちからお世話になって、助けてもらって、「ありがとう!」っていいながら、愛されながら幸せに生きてくっていうほうがよくない?

 

少なくとも、そっちのほうが、楽に生きられるしね。

 

とはいえ、いきなり、「よーし、迷惑かけちゃお(*´∇`*)」とは、思えないだろうから、ちょ〜っとずつ迷惑をかけて、人に助けてもらって、「あ、迷惑かけても大丈夫なんだ」っていう経験を積み上げていくっきゃない。

 

そうしながら、ゆ〜っくりセルフイメージを、ふわ〜っと上げていく感じ。

 

ま、なにが言いたいかっていうと、迷惑をかける、人に助けてもらうってことにビビるのは、少しずつでもいいからやめていこう。

 

あなたは生きてるだけで愛される存在だし、助けられる存在だし、いろ〜んな人に迷惑かけて、お世話になってもいい存在。

 

むしろ、周りも頼ってもらったほうが嬉しかったりすることもある。

 

だから、全部、大丈夫なんだよね。

 

もしかしたら、中には怒る人もいるかもだけどww

 

それでも、助けてもらったときは、助けてくれた人に対して「ありがとう」って、感謝すればいいし、逆に誰かを助けられるときは、助けれたらいい。

 

助け助けられ、持ちつ持たれつで、楽しく生きていこう。