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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

違いを楽しめる自分になろう

うさとのふんどしを買ってから、3ヶ月ほど経った。

 

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この間、今まで履いてたボクサーやトランクスなどの普通のパンツを全く履いてなかったけど、今日、久しぶりにトランクスを履いたことで、改めて、それぞれの良さを感じることができた。

 

人は相対性の世界に生きてるから、なにか比較対象がないと、その良し悪しに気づいたり、感じたりすることもできない。

 

さて、いきなり、知りたくもないであろう、人の下着事情から、まさかの崇高な文章へと繋がったけど(失礼!w)、これは、なにも下着だけの話じゃなく、他のことでも一緒で、人は、比較することで、それぞれの良し悪しを無意識で感じ取っている。

 

「良し悪し」って便宜上書いたんだけど、ほんとは、この世界に「良し」もなければ「悪し」もないので、この違いを楽しめる自分でいる状態ってのは、人生において、めっちゃ大切。

 

 

なんでこんなことを今さら感じたかっていうと、自分の家族と奥さんの家族のタイプが全然違くて、その差が面白くってね。

 

家に行っても、基本的に構ってこない我が家と、あれやこれやと構ってくれる妻の家族。

 

なんとかなると思ってる我が家と、心配性な妻の家族。

 

で、これが家族だけじゃなく、親戚でも同じってのが面白くって。

 

やっぱ、家庭のルールっていうか、習慣みたいなものって、家系図には見えないけど、気づかないうちに受け継がれてるんだな〜って感じたんだよね。

 

それぞれが、そういう正反対の部分もある家庭で育ってきたわけだから、これまでの生活では当たり前だったものが、1つの家の中で過ごすことで、お互いの差として気づいたりしてね。

 

「多様性」っていう言葉が世の中で言われてるけど、要するに、それって人との違いを楽しめる世界を生きていこうぜっていう話なんだろうね。

 

世界っていう枠組みの前に、家族っていう小さな世界でも十分多様性があるわけで、小さな世界って言っても、その差を許そうせず、相手を変えようとすればケンカになる。

 

この世界観の規模が大きくなればなるほど、ケンカが紛争や戦争っていう大きな規模になっていくわけだね。

 

だから、世界平和の第1歩って、ほんとは家庭平和なのかなって思ったりする。

 

 

それぞれの家庭がそれぞれで平和に生きていれば、人ってそれだけで幸せだったりするし、それぞれが平和で幸せに生きていられれば、人のことをどうにかしようとしたりする必要もなくなるわけだし、それこそが、多様性の許容に繋がっていく・・・ハズ。

 

まさか、ふんどしの話から始まって、世界平和に行き着くとは書いてる俺自身でも思ってなかったww

 

家族って距離が近い分、自分の期待通りに動かそうとしがちだし、それによってお互いがイライラもするし、ケンカにもなりやすい。

 

それは、よ〜く分かる。

 

家族は1番の修行だからね。笑

 

で、どーせ同じ修行なら、楽しくしたほうがいい。

 

だから今度は「どうしたら楽しめるかな?」っていう目線で、1度考えてみてね。

 

お父さんやお母さん、あるいは、旦那さんや奥さん、はたまた、子どもといった、家族との違いを楽しめる自分であるためにはどうしたらいいか?

 

そんな風に考えてみると、いいアイディアや行動が見えてくるかも。