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150歳まで楽しく生きるための幸せな健康学

人はやりたいことだけをやって生きている

タイトルから、いきなり意味不明な日本語に見えるけど、これに気づいて、ちょっと現実の見え方がまた1つ変わってきた。

 

「やりたいことをやる」っていうのがここ1〜2年くらいの自分のキーワードで、その純度をどんどん上げていけば、幸福度もどんどん上がっていくのかな〜なんて思いながら、やりたいことを探しては、次々とやってきた。

 

好きな人に会いに行ったり、行きたい場所にいったり、食べたいものを食べたり、着たいものを着たり・・・。

 

んで、ふと、数日前のこと。

 

「実際に行動に起こしていること=やりたいこと」

 

ってことに気づいたんだよね。

 

つまり、タイトル通り「人はやりたいことだけをやって生きてる」ってことに。

 

言葉では、いろいろと言い訳というか、人目を気にしてるからとか、やりたくないとか言ってたりするんだけど、実際に行動に起こした時点で、そういう言い訳とか理由を含め、最終的には、本人がやりたいからやっている。

 

で、改めて、自分のことも振り返って考えてみた。

 

あれもこれも、後悔とか反省とかもあったりするし、自分の中で精算しきれてないこととかもあったりするし、そうせざるを得ないとか、環境がそうだったからとか、色々と理由はあったりする。

 

だけど、やっぱり最終的に自分がやりたいからやってきたんだよね、全部。

 

コレに気づくと不思議なんだけど、今まではやりたいこと探しをしていたんだけど、それをする必要がなくなる。

 

だって「今、この瞬間行動していること=やりたいことやってる状態」なわけだから、瞬間瞬間でやりたいことをやり続けている現実なわけなんだよね。

 

寝てようが、飯を食っていようが、スマホでネットサーフィンしてようが、爪を切っていようが、どんなことをしていたとしても。

 

で、当たり前なんだけど、やりたいことをやりつづけている現実の中で、やりたいことを探すことは、出来ない。

 

だって、すでにやってるからね。

 

ご飯食べてるときにご飯食べたいって考えるって、意味不明だもんねww

 

だから「やりたいことをやろう」とか「やりたくないことをやめよう」って言われてたりするけど、その最終的な終着点って、実は「今、自分が最高にやりたいことをやっている現実に気づくこと」なのかなって。

 

コレに気づいてから、ダラダラする時間を過ごしたり、道を間違えたりっていうムダな時間を過ごしたように感じられることも、「実はやりたいことやっている」っていう捉え方に変わった。

 

やりたいこと=必要なこと

やりたくないこと=ムダなこと

 

っていう捉え方をして、やりたくないことだけを除いた生活を目指して、やりたくないことをする自分を責めたりしきたけど、もしかしたら、そもそもの捉え方が間違ってたのかもしれない。

 

まだ、この現実の捉え方の感覚的な変化の言語化がうまくできないんだけど、とにかく「今やっていることは、自分が本当にやりたいことをやっている」・・・かもしれないって考えるだけで、ちょっと、現実の見え方が変わってくる。

 

もう少ししっくり自分の中で表現することができるようになったら、またこの感覚の違いについては、後で書き直してみよう。

 

その時をお楽しみに。